母を守りたい ~第1章 2年後の親子、母と久しぶりの再会~
「おーい、もう今日は終わりだ。上がるぞ」
「はーい、今行きます」
作業場を駆け下りて下で待っていた先輩の元へと急いで向かう。
「お前もすっかり職人らしくなったじゃないか」
「そ、そうですか・・・俺なんてまだまだ何もできないですよ」
高校を卒業して2年目の春を迎えた。
俺は高校を卒業して隣町の造船所に就職した。下っ端の工員として肉体労働に明け暮れる日々を送っている。
母さんに負担をかけたくなくて大学に行かずに就職する道を選んだ。成績がよかったので学校の先生はとても悲しんだが、父を亡くして遺産で暮らす母のことを説明すると就職先を紹介してくれた。
家に帰って母さんにそれを告げると、母さんは激怒した。勝手に決めるな、大学へ行け、と言って珍しく怒った。だが俺の意思はもう決まっていて何を言われようが変えるつもりはなかった。
年が明けて受験シーズンになるともうどうしようもなく母さんは黙ってしまい、それからお互い気まずい空気が流れてたまま卒業を迎えた。
仕事を終えてコンビニで弁当を買って自分のアパートへと足早に帰っていく。実家から通うことだってできたが安いアパートに引っ越して一人暮らしをすることにした。
俺の面倒を見る手間がなくなったほうが母さんだって気楽に自分の好きなことができる。そのほうがいいと思った。
しかし、それは言い訳だと自分でも分かっている。本当は母さんと一緒にいるのがつらくなっただけだ。母さんのことを女として、性欲の対象にしてしまって罪悪感でいっぱいだった。そして罪悪感を感じながらも何度も母さんが男と激しく交わる姿を想像した。それは次第に治まらなくなって母さんをまともに見ることさえできなくなっていた。
あれから2年、ずっと俺は逃げ続けている。
カツンカツンと音を立てて、重い安全靴で築30年のアパートの階段を上がって自分の部屋へと向かう。目線を部屋のドアのほうにやるとそこに人が立っていた。しばらく見ていなかった懐かしい姿があった。
「弘司、おかえりなさい」
「母さん・・・」
思い出の中の母さんと同じように、いつもと同じやさしく微笑む母さんが俺を待っていた。
「来るなら前もって言ってよ。急に来られたって困るじゃないか」
「言ったら弘司は来るなって怒るでしょう。だから待ち伏せしたのよ。ほら、ゴミを床に置いたままにしない」
母さんを追い返すわけにもいかず部屋へと上げた。オレンジのブラウスにベージュの七分丈のパンツで小奇麗な格好の母さんが俺の部屋へと入っていくる。男の一人暮らしなのでとてもきれいとは言い難い部屋で散らばったゴミや洗濯物を母さんが片付け始めた。
片づけている母さんの横で汚れた作業服を脱いでスウェットときれいなTシャツに着替えた。
母さんは片づけを終えると荷物の中からタッパーを取り出して食事の準備をしていた。
「ちゃんとしたもの食べてるの?お弁当やラーメンばっかりじゃだめよ」
ちゃぶ台の上には色とりどりのおかずが並んだ。久しぶりに見る母さんの手料理の数々が並んでいた。母さんに指摘された通り、コンビニ弁当やカップ麺ばかりの生活をしていて手料理を前にして食欲が湧き上がってきた。
ちゃぶ台を囲んで二人で夕食をとった。実家とは違い、せまいアパートだが久しぶりの母さんとの食事に懐かしさがこみ上げてきた。人と一緒に食事をするなんていつ以来だろうか。特に母さんは話しかけてくることはなく、黙々と食べていた。
「それで今日はなにをしにきたの?」
食事が落ち着くとおもむろに俺は話を切り出した。まさか一緒に夕御飯を食べるだけが目的ではないだろう。母さんはバックの中から小さな包みを取り出して俺の前に置いた。
「今日は弘司の誕生日でしょう。20歳おめでとう」
自分でも意識することがなくなっていたが今日は誕生日だった。それを覚えていてプレゼントを渡すためだけに来たというのか。
「覚えていたの?しかもわざわざこれを渡すためにここまで?」
「当り前じゃない、自分がおなかを痛めて生んだ日のことを忘れないわよ。家にほとんど帰ってこないからこうして来るしかなかったのよ」
母さんのやさしさにおもわず目頭が熱くなった。俺は距離をとり続けてきたというのに母さんは俺のことをずっと思ってくれていたのだろうか。
置かれた包みを開いて中を確認するとしっかりした皮の財布が入っていた。
「もう大人なんだからちゃんとした財布を使ったほうがいいわよ」
「う、うん。ありがとう。大事に使うよ」
有名なブランドのロゴが刻まれた財布をまじまじと見て改めて母さんのやさしさを感じた。
「仕事はやっていけそう?すごく逞しくなったわね」
「うん、慣れたよ。重い鉄を運んだりするからね」
それまでの距離が少し縮まって近況のことを少し話したりした。母さんはとても心配していたらしく俺の話を聞きたがった。
しばらくすると外から雨音がしてきてカーテンを開けると嵐のような激しい雨が降っていた。
「すごい雨だね」
そう言いながらスマホで天気予報を確認した。
「母さん、大雨洪水警報が出てる。海辺は避難警報が出てるし今から帰るのは危ないよ」
「ここからだと海岸線を通らないといけないし危ないかもしれないわね」
「泊っていってよ。こんな日に帰らせるわけにいかないから」
久しぶりに母と同じ屋根の下で過ごすことになった。
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「はーい、今行きます」
作業場を駆け下りて下で待っていた先輩の元へと急いで向かう。
「お前もすっかり職人らしくなったじゃないか」
「そ、そうですか・・・俺なんてまだまだ何もできないですよ」
高校を卒業して2年目の春を迎えた。
俺は高校を卒業して隣町の造船所に就職した。下っ端の工員として肉体労働に明け暮れる日々を送っている。
母さんに負担をかけたくなくて大学に行かずに就職する道を選んだ。成績がよかったので学校の先生はとても悲しんだが、父を亡くして遺産で暮らす母のことを説明すると就職先を紹介してくれた。
家に帰って母さんにそれを告げると、母さんは激怒した。勝手に決めるな、大学へ行け、と言って珍しく怒った。だが俺の意思はもう決まっていて何を言われようが変えるつもりはなかった。
年が明けて受験シーズンになるともうどうしようもなく母さんは黙ってしまい、それからお互い気まずい空気が流れてたまま卒業を迎えた。
仕事を終えてコンビニで弁当を買って自分のアパートへと足早に帰っていく。実家から通うことだってできたが安いアパートに引っ越して一人暮らしをすることにした。
俺の面倒を見る手間がなくなったほうが母さんだって気楽に自分の好きなことができる。そのほうがいいと思った。
しかし、それは言い訳だと自分でも分かっている。本当は母さんと一緒にいるのがつらくなっただけだ。母さんのことを女として、性欲の対象にしてしまって罪悪感でいっぱいだった。そして罪悪感を感じながらも何度も母さんが男と激しく交わる姿を想像した。それは次第に治まらなくなって母さんをまともに見ることさえできなくなっていた。
あれから2年、ずっと俺は逃げ続けている。
カツンカツンと音を立てて、重い安全靴で築30年のアパートの階段を上がって自分の部屋へと向かう。目線を部屋のドアのほうにやるとそこに人が立っていた。しばらく見ていなかった懐かしい姿があった。
「弘司、おかえりなさい」
「母さん・・・」
思い出の中の母さんと同じように、いつもと同じやさしく微笑む母さんが俺を待っていた。
「来るなら前もって言ってよ。急に来られたって困るじゃないか」
「言ったら弘司は来るなって怒るでしょう。だから待ち伏せしたのよ。ほら、ゴミを床に置いたままにしない」
母さんを追い返すわけにもいかず部屋へと上げた。オレンジのブラウスにベージュの七分丈のパンツで小奇麗な格好の母さんが俺の部屋へと入っていくる。男の一人暮らしなのでとてもきれいとは言い難い部屋で散らばったゴミや洗濯物を母さんが片付け始めた。
片づけている母さんの横で汚れた作業服を脱いでスウェットときれいなTシャツに着替えた。
母さんは片づけを終えると荷物の中からタッパーを取り出して食事の準備をしていた。
「ちゃんとしたもの食べてるの?お弁当やラーメンばっかりじゃだめよ」
ちゃぶ台の上には色とりどりのおかずが並んだ。久しぶりに見る母さんの手料理の数々が並んでいた。母さんに指摘された通り、コンビニ弁当やカップ麺ばかりの生活をしていて手料理を前にして食欲が湧き上がってきた。
ちゃぶ台を囲んで二人で夕食をとった。実家とは違い、せまいアパートだが久しぶりの母さんとの食事に懐かしさがこみ上げてきた。人と一緒に食事をするなんていつ以来だろうか。特に母さんは話しかけてくることはなく、黙々と食べていた。
「それで今日はなにをしにきたの?」
食事が落ち着くとおもむろに俺は話を切り出した。まさか一緒に夕御飯を食べるだけが目的ではないだろう。母さんはバックの中から小さな包みを取り出して俺の前に置いた。
「今日は弘司の誕生日でしょう。20歳おめでとう」
自分でも意識することがなくなっていたが今日は誕生日だった。それを覚えていてプレゼントを渡すためだけに来たというのか。
「覚えていたの?しかもわざわざこれを渡すためにここまで?」
「当り前じゃない、自分がおなかを痛めて生んだ日のことを忘れないわよ。家にほとんど帰ってこないからこうして来るしかなかったのよ」
母さんのやさしさにおもわず目頭が熱くなった。俺は距離をとり続けてきたというのに母さんは俺のことをずっと思ってくれていたのだろうか。
置かれた包みを開いて中を確認するとしっかりした皮の財布が入っていた。
「もう大人なんだからちゃんとした財布を使ったほうがいいわよ」
「う、うん。ありがとう。大事に使うよ」
有名なブランドのロゴが刻まれた財布をまじまじと見て改めて母さんのやさしさを感じた。
「仕事はやっていけそう?すごく逞しくなったわね」
「うん、慣れたよ。重い鉄を運んだりするからね」
それまでの距離が少し縮まって近況のことを少し話したりした。母さんはとても心配していたらしく俺の話を聞きたがった。
しばらくすると外から雨音がしてきてカーテンを開けると嵐のような激しい雨が降っていた。
「すごい雨だね」
そう言いながらスマホで天気予報を確認した。
「母さん、大雨洪水警報が出てる。海辺は避難警報が出てるし今から帰るのは危ないよ」
「ここからだと海岸線を通らないといけないし危ないかもしれないわね」
「泊っていってよ。こんな日に帰らせるわけにいかないから」
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