母を守りたい ~序章 父の死、未亡人になった母を思う息子~
2008年夏
夏真っ只中で連日暑かったが、特にその日は一段と暑かった。朝のニュースでも猛暑日だと言っていた気がする。しかし、我が家はそんなことを誰も気にしてはいなかった。斎場に親族一同が集まり黒い喪服姿で並んでいる。俺の隣には兄貴、その向こうに母さんが立っている。俯いて神妙な顔をしていてとても不気味な雰囲気だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
父・雄三(享年52)
建設会社社長。2年前から末期がんになっていた。
母・澄子(47)
大学卒業後に雄三と見合い結婚。おとなしくやさしい母。次男の弘司に甘い。
息子
長男・雄介(23)
国立大学卒、県庁勤務。まじめで両親思い。母がかわいがる弟に厳しい
次男・弘司(18) ※主人公
進学校に通う高校生
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
3日前に父さんが亡くなった。2年前にガンだということが分かり治療を行ってきたがすでに末期状態でどうすることもできなかった。あっという間に病院での闘病生活が始まって日に日に衰えていった。そしてわずか2年後に眠るように亡くなった。
事前にこうなることは予想できていたがいざその時が来ると慌ただしくなった。父さんは建設会社を経営していた。会社はすでに叔父さんのものになってしまったが、父さんが死んだことが知れ渡ると多くの人が家に訪ねてきた。瀬戸内の小さな街の建設会社の社長にしか過ぎないと思っていたが、大手企業や商工会議所、市議や市長、県議なんかも挨拶にやってきた。
まだ高校3年の俺はそれを傍から見ていることしかできず、大学を卒業したばかりの兄貴と母がずっと応対していた。父さんが亡くなったというのに兄貴も母さんもとても落ち着いていた。
葬儀は近くの斎場を借りてすることになった。
式の最中は座っていてなにも記憶に残っていない。いざ出棺となったときに外に出ると俺たち家族の前に100人以上の人が並んでいた。これまで家にあいさつに来た人や昔からの知り合いもいるが、始めて見る人も少なくない。そんなに多くの人を前に俺はちらりと横を見た。メガネをかけた兄貴、そして母さんの姿が目に入った。
母さんは頭を少し垂らして下を向いている。よく見るとその目は潤んでいた。こうなるとわかっていても父さんが死んだら母さんが悲しむのは当然だ。それでもこんなに悲しそうな顔をする母さんをみるのは初めてだった。俺はそんな母さんを横目で見る以外なにもできない。まだ高校生の俺には何一つ母さんにすることはできなかった。
「弘司くん、お母さんを守ってやれよ」
火葬を終えて家に帰ると精進落としが行われた。大人たちが飲んでいるところに馴染めず、縁側でぼんやりしていたら安雄叔父さんが急に声をかけてきた。
「え・・・はい。兄貴と一緒にがんばります」
「雄介くんは頼もしいが、お母さんを守ってあげるのは弘司くんの役目だ。弘司君はお母さん想いでやさしいじゃないか」
「そうですか?でも俺はまだ高校生だし」
「お母さんだって女なんだ。男が守ってやらなくてどうする?まだじゃなくてもう高校生だぞ。大事な人を守るくらいできる」
振り向いて母さんの姿を思わず探した。叔母さんたちと笑顔で会話をする母さんがいた。それは昼間とは違う普段通りの母さんの姿だった。
葬儀の時の母さんを思い出すと急に切なくなってきた。もうあんな顔の母さんは見たくない。母さんにつらい思いなんてさせたくない。父さんがなくなって兄貴は家を出てしまい、これからは俺と母さんだけの生活になる。そうなれば俺が母さんを守ってやらなければだれも守る人なんていない。
胸の奥が熱くなり、拳に力が入った。
「はい、俺が母さんを守ります。絶対に守って見せます」
安雄叔父さんに向き直ってそう伝えた。
この先何があろうと母さんのことを守ってみせると覚悟を決めた。
しかし、その時から母さんに対する俺の気持ちは少しずつ変わろうとしていた。
気に入っていただければクリックをお願いします。
夏真っ只中で連日暑かったが、特にその日は一段と暑かった。朝のニュースでも猛暑日だと言っていた気がする。しかし、我が家はそんなことを誰も気にしてはいなかった。斎場に親族一同が集まり黒い喪服姿で並んでいる。俺の隣には兄貴、その向こうに母さんが立っている。俯いて神妙な顔をしていてとても不気味な雰囲気だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
父・雄三(享年52)
建設会社社長。2年前から末期がんになっていた。
母・澄子(47)
大学卒業後に雄三と見合い結婚。おとなしくやさしい母。次男の弘司に甘い。
息子
長男・雄介(23)
国立大学卒、県庁勤務。まじめで両親思い。母がかわいがる弟に厳しい
次男・弘司(18) ※主人公
進学校に通う高校生
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
3日前に父さんが亡くなった。2年前にガンだということが分かり治療を行ってきたがすでに末期状態でどうすることもできなかった。あっという間に病院での闘病生活が始まって日に日に衰えていった。そしてわずか2年後に眠るように亡くなった。
事前にこうなることは予想できていたがいざその時が来ると慌ただしくなった。父さんは建設会社を経営していた。会社はすでに叔父さんのものになってしまったが、父さんが死んだことが知れ渡ると多くの人が家に訪ねてきた。瀬戸内の小さな街の建設会社の社長にしか過ぎないと思っていたが、大手企業や商工会議所、市議や市長、県議なんかも挨拶にやってきた。
まだ高校3年の俺はそれを傍から見ていることしかできず、大学を卒業したばかりの兄貴と母がずっと応対していた。父さんが亡くなったというのに兄貴も母さんもとても落ち着いていた。
葬儀は近くの斎場を借りてすることになった。
式の最中は座っていてなにも記憶に残っていない。いざ出棺となったときに外に出ると俺たち家族の前に100人以上の人が並んでいた。これまで家にあいさつに来た人や昔からの知り合いもいるが、始めて見る人も少なくない。そんなに多くの人を前に俺はちらりと横を見た。メガネをかけた兄貴、そして母さんの姿が目に入った。
母さんは頭を少し垂らして下を向いている。よく見るとその目は潤んでいた。こうなるとわかっていても父さんが死んだら母さんが悲しむのは当然だ。それでもこんなに悲しそうな顔をする母さんをみるのは初めてだった。俺はそんな母さんを横目で見る以外なにもできない。まだ高校生の俺には何一つ母さんにすることはできなかった。
「弘司くん、お母さんを守ってやれよ」
火葬を終えて家に帰ると精進落としが行われた。大人たちが飲んでいるところに馴染めず、縁側でぼんやりしていたら安雄叔父さんが急に声をかけてきた。
「え・・・はい。兄貴と一緒にがんばります」
「雄介くんは頼もしいが、お母さんを守ってあげるのは弘司くんの役目だ。弘司君はお母さん想いでやさしいじゃないか」
「そうですか?でも俺はまだ高校生だし」
「お母さんだって女なんだ。男が守ってやらなくてどうする?まだじゃなくてもう高校生だぞ。大事な人を守るくらいできる」
振り向いて母さんの姿を思わず探した。叔母さんたちと笑顔で会話をする母さんがいた。それは昼間とは違う普段通りの母さんの姿だった。
葬儀の時の母さんを思い出すと急に切なくなってきた。もうあんな顔の母さんは見たくない。母さんにつらい思いなんてさせたくない。父さんがなくなって兄貴は家を出てしまい、これからは俺と母さんだけの生活になる。そうなれば俺が母さんを守ってやらなければだれも守る人なんていない。
胸の奥が熱くなり、拳に力が入った。
「はい、俺が母さんを守ります。絶対に守って見せます」
安雄叔父さんに向き直ってそう伝えた。
この先何があろうと母さんのことを守ってみせると覚悟を決めた。
しかし、その時から母さんに対する俺の気持ちは少しずつ変わろうとしていた。
気に入っていただければクリックをお願いします。