[官能小説] 熟女の園 2015年03月
2ntブログ

戦下の親子 戦後編~離島で平和な日々、収まることのない性欲~

「吉岡先生さようなら~」

戦争が終わり5年、いま私は九州の離島で暮らしています。故郷を離れて私たちを知る人が誰もいない場所を探し歩いてここへ流れ着いたのです。島民500人ほどの小さな島で親子3人で暮らしています。

終戦の混乱のためか、役場へ夫婦として申請すると認められて私たちは法的にも夫婦として認められたのです。もちろん血の繋がった親子だということは隠して年の差夫婦ということになっています。島民の方々はだれも疑いもせず、年の差を悪く言うこともなく皆私たちを受け入れてくれました。

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戦下の親子 戦後編~旅館女将が見た母子相姦~

終戦の年の秋口のことだったと思います。
私が女将を務める旅館は浜辺の近くにあり夏場は観光客で賑わうのですがそれ以外の時期はほとんどお客様が泊られることはありません。特に戦争が終わってからはめっきり来客数が減っておりました。

そんな時にあの方々が来られたのです。赤ん坊を抱えた品の良さそうな40代半ばくらいのご婦人と20代前半くらいの好青年が夕方やってこられて一部屋貸してほしいと申し出られたのです。もちろんお断りする理由など御座いませんからすぐにお部屋にご案内しました。

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戦下の親子 戦後編~亡き夫の墓の前で息子を責める母~

「父上、私たちはここを離れて3人で落ち着いて暮らせる場所へ行こうと思います」

旅立ちを寸前にして私は広昭を抱いて昭雄とともに我が吉岡家の墓へ挨拶に行きました。この土地を離れたら墓参りに来れるかどうかもわかりません。夫やご先祖様たちの別れのあいさつと昭夫と夫婦になることを報告するために訪れました。

山の奥に作られた墓苑、近くの小さな寺が管理していて墓石は20ほどしかありません。我が家のように古くから住んでいる家系だけがそこに墓を持っています。私は喪服、昭夫は夫の背広に袖を通してご先祖様にご挨拶に行くのにふさわしい恰好でやってきました。

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戦下の親子 戦後編~セーラー服に身を包んだ50歳、学校で学生プレイ~

終戦で一区切りつきましたがまだ描きたいと思い続編を作ってしまいました。


昭夫が戻ってきて2週間後、長年住んでいた屋敷を手放すために荷物を整理していた時のことです。
なにもかもをそのままにして出て行くわけにはいきませんので最低限の荷づくりと家財の仕分けをしていました。明治に建てられた蔵付きの屋敷だったため荷物が多く、そのすべてを私たち二人で仕分けしていたのです。不徳に落ちた私にとってこの名誉ある家系に尽くす最後の務めという気持ちでした。

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戦下の親子 ~終戦、息子の帰還と新しい命の誕生~

昭和20年、ついに戦争が終わりました。
本土も空襲で傷を被って誰もが苦しんでしました。さに上陸してきた多数の連合軍が街を闊歩しています。この先どうなるのかさえ分からない不安が世間に広がっていました。

終戦を迎えてひと月した9月中旬、自宅にいると玄関から懐かしい声が聞こえてきました。

「ただいま」

忘れもしない息子の、昭夫の声です。慰問以来会うことはなく手紙のやりとりさえありませんでした。毎日、ただ無事を祈り続けていました。そして約束通り帰ってきたのです。

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戦下の親子 ~息子の求愛、そして夫婦となり子作り~

フィリピンへ来た翌日、上官のはからいで休暇をいただいた昭夫とゆっくり一日過ごすことができるようになりました。

昨夜はあんな獣のようになっていた昭夫も一夜明ければいつもの冷静な軍人に戻っていました。私も普段通りの婦人として振る舞うことに努めました。

昭夫の運転する車で数時間走って浜辺へとやって来ました
大きな太陽の下で青い空と海、それに真っ白な浜辺が広がっています。日本の浜辺とは全く別物でありまさに南国といった雰囲気でした。

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戦下の親子 ~南洋で再開、暑い廃墟で交り合う~

年が明けて昭和19年、2月。眩い太陽、青い海・・・私は南方へとやってきました。
私は全国規模の婦人会の役員を務めておりその立場と、将軍であった亡き夫の人脈を使って慰問団を結成して南方へとやってきたのです。

少しでもお国のため、私たちの代わりに戦ってくださる軍隊の方々のためにというのが表向きの理由です。ですが私の本心は別にありました。息子、昭夫と会うことです。
いつ帰るかわからぬ息子を待ち続けることはできなくなり、一刻も早く顔を見たくなって行動を起こしたのです。

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戦下の親子 ~それぞれを想う母子、忘れられない肉体~

昭和18年の年末、息子の昭夫が出征してからすでに4ヶ月近くが過ぎていました。
昭夫からは何度か手紙が来て南方で歩兵隊の隊長として務めているということでした。
元気にしており、良い部下や上官に恵まれて戦いは順調ということでした。しかし、私はその文面とは裏腹に不安が常に襲ってきました。

あまり詳しいことは決して手紙には書かれていませんし報道もされてもきません。ですが、私はかつての夫の同僚の方から聞いた話を聞くことができました。世間で言われているほど快進撃が続いているわけではなく、かなり厳しい状況だということでした。この戦争の行方がどうなるのか、昭夫は無事に帰ってこれるのかさえわかりません。毎日、仏壇に手を合わせて無事を祈り続けました。

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戦下の親子 ~出征する息子に身を捧げる母~

「母上。この度、出征が決まりました」


息子がそう告げたのは戦時下の昭和18年の夏のことです。
私、吉岡華江は武士の流れを組む軍人一族の妻という立場でした。夫は陸軍の将軍であり多くの人々に尊敬されていました。しかし、その夫は4年前大陸でのソ連との戦いで亡くなってしまいました。
妻の私と一人息子の昭夫を残して旅立ってしまいました。その後、家の財産と周囲の支えでなんとか暮らしていました。

息子は夫の後を継いで陸軍士官学校へと入学し好成績で卒業を迎えたのが先月の話です。入隊後、東京にいたはずが何の連絡もなく当然今日の夕方帰省してきたのです。そして、二人で夕食を終えた後に話があると言って客間へと呼ばれました。

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バブルの夢 ~品行方正だった母は堕落し下品女に変貌~

東京へ来てからずいぶん時間が経ちました。

最初は右も左もわからなかったこの街にもすっかり慣れてしまいました。
東京へ来て私は変わってしまったのです、なにもかも・・・

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   ※注意※
性的内容が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 無断転載は禁止です。
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